「田舎には何もない」からの転換


日曜日、よりい週末有機農業塾と自分の仕事を終えてから、農業塾の参加者Vさんに教わった場所へ、おーんちゃんと蛍を見に行く。

自然から生じる音と風景、生き物たちの躍動が織りなす紋様に包まれるこのひとときは、都市に飽和した、カネを払わなければ味わえない「娯楽」とは対極にある穏やかな時間だ。

Vさんは、20代の若さで金銭を中心に据えた生き方に疑問を感じ、田舎に戻ってきた。蛙や虫の鳴き声に耳を傾けたり、蛍の光に包まれたりするのが好きな人で、茄子の株元に麦わらを敷くことで生まれた風景を見て、美しいと感じる感性を持っている。

「田舎には何もない」

という錆びついた意識ではなく、田舎にあるものを積極的に評価できる、こういう若い人たちが田舎に戻ってくるようになった。素晴らしい時代が少しずつ始まっている。

男衾地区の田畑に生き生きとした息吹を吹き込みたいと思って、あれこれやって来た。
ただ、
「男衾には空いている畑がありますよ!」
「空き家も紹介できますよ!」
と言っても、人は来ないだろう。空いてる家や畑なんて全国各地にあるのだし、
「東京から近いですよ!」
という売り文句も関東のアチコチでこだましている。

必要なのはなんだろうと考えてきたが、やはり眼差しだ。一度、斜陽化したものを再興しようとするなら、そこにまた光を当てようとする眼差しがなければ、きっと闇に消えるように沈んでいくに違いない。

Vさんのような眼差しを共有できる場や時間を生み出していきたい。蛍を見ながらそんなことを考えた。

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