学ぶことが農業を超える農業塾


よりい週末有機農業塾が農業塾という範疇を超える場になってきた。
ただ、これは狙ってそうなったわけではない。何しろ、きっかけは、自分が疲れたことだったのだ。

一年目は教えるということ自体が初めてだったこともあり、とにかく分かりやすいように細かく栽培の仕方を伝えることが重要だと思っていたし、余裕もなかったのでそれしかできなかった。

さらに、やっぱり有機農業じゃダメなんだなとか思われたくなかったので、通路とかの草管理も自分で徹底してやってしまった。

その結果、自分が話したり動いたりする時間の比率がかなり高くなり、毎回の農業塾が終わる度、ぐったり疲れてしまった。

おれは、何をやっているのだろうかと考え始めた。

細かく1から教えることも大切かもしれないが、それは自分で考える機会を奪ってしまうことにもつながるではないか。

そんなことをして、自分で畑を使う人を増やすことにつながるのか?

一体、何のために貴重な時間を費やして農業塾をやり始めたのだろうか。モヤモヤが始まった。

2年目から3年目にかけて、少しずつ改良を始めた。
まず、問いかけを始め、自分の言葉で表現してもらう時間を作った。
その問いは、どこに向かうのか考え始めたら、農とは何か、さらに、それはどう生きるのかという命題に向かうことと同じに思えてきた。

そこで、畑の内部で完結する問いだけでなく、そこから広がる生き方についての問いもぶつけてみた。

響くかどうか、もちろん不安はあった。

ただ、限りある人生の時間を費やし、わざわざ手間をかけ、自分が食べるものを生み出したいと考える人たちだから、今までの生き方を振り返り、何かを感じ始めたに違いないという思いはあった。

3年目から4年目にかけて、問いかけ続けてきたことの答えが輪郭を作り始めた。

「農業塾なのに、学んでいることは農業を超えている」
という声が聞こえてくるようになったのだ。伝えたいこと、考えて欲しいことが響いてきた証だった。

その響きの種をまいたのは、確かにおれだった。
ただ、そういう声が出てきたのは、塾生のみなさんが根本に立ち戻ろうとする姿勢を秘めていたからに他ならない。

種をまいても、土に力(地力)がなければ立派な実はならない。その地力は、週に一回、何か(農業塾)をしたから養われるものではなく、それぞれが今まで長い時間をかけて蓄積してきたが故に生まれたのだ。

今年度は特に、考え方の姿勢や関係性など、農業塾の初日には想像できなかったものも生まれ始めている。

きっかけは、ヘトヘトに疲れたことだった。
その結果、想定を超えたものが産み落とされ、こちらもいろいろ学ぶ機会になっている。

教えることは、教わること。

今日もやってきて良かったと、心から思える一時だった。みなさん、素晴らしい時間をありがとう

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