草刈りの歌

田んぼの畦草刈りをしていた。

びぃ~ん、びぃ~ん(刈払機の音ね♪)

すぐ脇に、世代交代で耕作されなくなり、20年以上経つ田んぼがある。人の背丈をゆうに超える荒れ地特有の草がもっさり生えている。

持ち主が年に一回くらいきて、草刈りをしている。

ドッドッドッドッ

猛暑の中、ただ、ガソリンと時間を消費して草を刈るだけ。こんな非生産的な仕事はないよ、なんていう嘆きがよく聞こえてくる。

よく分かる。たかが草刈りと思うかもしれないが、重労働だからだ。

汗くっせー、ぷ~ん

バチッ!(汗の匂いに反応して刺しに来たアブをひっぱたく音ね♪)

こういう田んぼが全国にある。

一方で米が足りない、高いと騒がしい。

この状況は何なんだろうか、そういう話をすると

「何を食べるかは個人の自由だよねー♪」

なんて言葉が返ってくる。

確かに強制するものではない。だよねー♪

でも、そういう人ほど、日本らしさがどうだとか、日本が好きだとか、日本文化がどうとか、愛国心をアピールする。この国の根幹を成す稲作にそっぽを向いておいて。

日本らしさって、なぁに?! 教えてgoo!

Yahoo知恵袋でもいいよ♪

「個人の価値観の違いだよねー♪」

だよね、だよね、だよねー♪

自分たちの芯が廃れ、消えていく状況を、個人の価値観の違いという薄い一言で片付けるのなら、その価値観とは何なのか、どのような価値なのか問うてみたい。

社会、文化芸術、環境等にまたがる基盤が揺さぶられている状況を、個人の価値観で済ませていいのなら、われわれは誰なのかという、その思考を失った得体のしれない集団が、そこにポツンとたたずむだけだ。

「世の中の問題すべてに関心を持てないジャン♪」

焼肉のタレ、ジャン!(モランボンだよ)

だよねー♪

でも、はじめっから考えるの諦めるのとは違うんじゃね? そういうことも考えていかないとって、関心を持とうとする姿勢が大事だよねー♪

「だって日本はもう終わりジャン♪」

だよね、だよね、だよねー♪

それなのに、なぜ地方創生などと叫ぶのだろう。日本が終わりなら、地方も終わり、地方が終われば都市も終わりではないか。

荒れ地一つに、あれこれ思考を巡らせると、考えなければならないことがわんさか出てくる。考えても、解決策が浮かぶわけでもなければ、何かがすぐにできるわけでもない。

だからといって、考えることを放棄していいのか。

草刈り休憩の合間にそんな事を考えていた。

だよねー♪

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