作り続けてきた田んぼの終わり
男衾に有機稲作の里を作ろうという活動を始めてから、今まで作って来た別の地区にある田んぼをどうするか悩んでいた。その田んぼは活動地から遠く、手で田植えをするにはちょっと広すぎで、エネルギーを使う電動ポンプで水を入れるやり方にも未来を感じなくなっていた。ただ、借りるのをやめて地主に返すと、次の耕作者に当てはないので荒れるのは明らかだった。
そこで、あまりいい案ではないが、今年一年は夏の干ばつ対策に畑として使ってみることにした。
それが裏目に出た。
ここしばらく空梅雨で夏にも夕立はなく、超高温が続いていたから、水を好む茄子や胡瓜、里芋などの育ちはかなり悪かった。空心菜やモロヘイヤなどの葉野菜に至っては、やっと収穫できる大きさに育ったと思ったら、葉の繊維がガチガチに硬くなっていて食べられやしなかった。水が使えるところなら、一時しのぎとはいえこの悪条件をなんとかしのげるのではないかと考えたのだが、今年は久しぶりにまともな梅雨となり、季節外れの台風と大雨もやって来た。その雨が手入れされず泥が堆積した水路から逆流してきて、夏野菜を数回に分かって水没させた。ピーマンや甘唐辛子は病気になって根腐れし、水が好きな茄子ですら枯れていった。
そこに水利組合長のことばが重なった。
「ここ数年、まともな台風が来ないから池(溜め池)に溜まった泥が排出されなくて、どんどん積もっている。その泥が井戸のところまで迫ってきちゃってるから、このままだと来年は田んぼが作れなくなる可能性がある。」
池の水は一度、脇に備えられた井戸に落ち、井戸ポンプを通じて田んぼに給水される仕組みになっている。その井戸に泥が入ってしまうと、ポンプが詰まって使えなくなってしまうという。
20年ほど前に一度、業者に頼んで重機を使い泥さらいをし150万(泥の処理費は除く)ほどかかった。泥は当時の水利組合長の田んぼを処理場所にしたので、処理費はかからなかった。今は人件費もエネルギー価格も上がっているので、泥の処理費を加えると金額は大きく膨らむ。
行政の補助も半分に減り、残り半分は耕作者で負担することになる。耕作者は高齢者ばかりなので、数十万単位を負担したがらない人は出て来るだろう。そうなったら、もうポンプは使えない。田んぼを作りたい人は自分で水路をせき止めて、そこから水を引いてやるしかない。ただ、今の水路はせき止めて使う仕様になっていないし、効率化のための基盤整備が水路を田んぼより低くしたから、動力ポンプを使わなければ水は揚げられない。個人がガソリン代を負担してポンプで水を入れるやり方は、費用の面から非現実的だ。環境負荷もすさまじい。
経済性を重視して「改良」してきたつもりが、逆にそのエネルギー依存体質により経済的に大きな負荷をかけるリスクが高まっている。そこに高齢化と低米価、安さばかりを求める心理、綱渡りで票しか見ない農政が重なった。
残念だが個人の力だけで耐えられる話ではない。
