荒れた里山の手入れを始めた理由

手入れの現場は日本農業遺産に認定された谷津沼の周り

おれたちが蘇らせたいと考えている田んぼたちは、里山の谷間に作られた谷津沼(ため池)が水源になっている。山に降り注いだ雨が染み込み、長い時間をかけて谷筋からにじみ出るように湧き出たミネラルの豊かな水は、清らかな沢をなし、それを溜めることで稲作に使ってきた。

地元の人達によると、50~60年くらい前までは水が流れていたそうだが、今では残念ながら沢は枯れてしまい、その後が残るのみとなってしまった。

沢の水は沼を経由して水路を流れ、田んぼを潤し、川に出て、海へと続く。つまり、沢が枯れるということは、海が貧しくなることを意味する。枯れた沢はここだけではなく、全国各地にあるのだ。

有機稲作の里をつくるには、沼の水がいつも豊かでないと困るし、水を蓄えてくれる山が生きていなければならない。

田んぼや沼を見ていると、おれたちは山に生かされていることを痛感する。だが、その山は荒れ、活力を失った木は枯れて倒れ、もはや絶える寸前に見える。

昨日から、なっちゃん @natsuki_tanbo と毎週一回、山の手入れをすることにした。沢が枯れたことを知ってから、おれたちの目標に沢の復活が加わったためだ。沢を戻すには、山の手入れをし、その息吹を取り戻す必要がある。何年かかるか分からないが、地道に続けていけば必ず光が差し込むことはこの20年で感じている。

生きていくのに必須の水や水源に背を向けたまま、持続的ななんちゃらを謳うのは、完全に本質を見誤っていて、なんとも虚しいではないか。

田を作ると稲が育ち米が取れると説いてきた。だが、田を作るには、山が生きていなければならないことを、改めて突きつけられている。

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