大失敗が「ウソ」に気づくきっかけか?

夏に種をまき、秋に収穫する秋ズッキーニが元気に育っている。土を耕さず、夏の間、草を刈って敷いておいたところに種を直播きしただけだが、遮光はしなかったのに、暑さが苦手なズッキーニがあの酷暑を無事乗り越えて、実を結び始めた。

端境期で野菜がない中、ものすごくありがたい。

肥料なし、防虫ネットなし、マルチ(草抑えや保湿用の被覆材)なし、もちろん農薬もなし。

色んな人に聞いたり、本を読んだりすると、昔からずっとこんなことが言われてきたことが分かる。

耕さなきゃ種まけねえだろ。

肥料くれてやんなきゃ、大きくならねえよ。

防虫ネットなしで無農薬栽培は無理だ。

消毒(農薬使うことね)しねえで野菜なんてできるわけねえ。

これが農業の常識だったのだろう。

今でも、有機農業とか自然農法とか言ってる人たちは、日本では全体のごくわずか(1割にも満たない)だから、ほとんど状況は変わっていない。うちの辺りじゃ、有機農業やってるとこが何軒かあるけど、なんか消毒してんだろ? とか言われるし…苦笑

その、できるはずがねえと言われてきたことが、おもしろいことに目の前で少しずつ実現していっている。

道の分かれ目は、できるはずがねえと言われて、そうだよなとうなずくか、

なんでだろう?

本当かな?

と疑問を感じられるかどうか、そこにある気がする。

ただ、物事がある程度、順調に進んでいくと、多少の苦労はあるにせよ、そのままで何となくやっていけちゃうから、疑問を感じるきっかけすらないかもしれない。3年くらい前までのおれもそうだった…。

あのとき、おれは大失敗を重ねた。

野菜が次々と虫に食われて消えていった。

それで考え始めた。

なぜ山の木々やそこらの草は、虫にもほとんど食われず、肥料なしであんなにすくすく育つのだろう?

農薬や防虫ネットなんてない時代から農業やってきたのに、なんで使わないとできないって言われてるんだろう?

学びながら、少しずつ実践を重ねた。

自分にとってはまったく新しいやり方だったので、はじめの頃はまさに暗中模索の日々で、近くに教えてくれる人もいないから、ただ、ひたすらやり続けた。

3年たって、暗闇の中に少しずつ日差しが差し込み始めた。まだまだ分からないことは多く、うまく行っているとはとても言えない状態だが、今までのは「ウソ」だったことに気づき始めた。

その「ウソ」は、多くの人が共有する一定の条件のもとでは「正しい」ものとして作用するわけだが、みんなが「正しい」とすることに異を唱えるのは、容易じゃねえ。

おれも大失敗しなかったら、たぶん、何も変わらないままだったろう。あの失敗を重ねた時間が、新しい視点を与えてくれたわけだ。

そしてズッキーニがすくすくと育った。

世の中には「ウソ」が多い。

みんなが同じように言ってることにも「ウソ」が多い。

オマエ、今頃やっと気づいたのかよ?

ズッキーニが苦笑いしている。

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