【続】豊かさとは何か 仮説①-1

先ほど豊かさについて、仮説①を立てたが、頭の弱いおれに②は思い浮かばないから、①をもう少し掘り下げてみたい。

仮説①において。物心ともに満ち足りている、これで充分だと思える心境だと定義した。では物心のうちの物は、どんなものでもそれなりの量があって充分だと思えれば、豊かなのだろうか?

例えば、お金がたくさんあって、必要なものは何でも買えて揃ったとしても、それで心も満たされるのだろうか。この問題を考えるにあたり、心についても触れておきたい。

まず、人間は一人では生きられないという意味において、他者との関係性が重要になる。自分以外の誰かAと心が満たされる関係を築けるか、ということである。

その関係性の中で、例えばAが生み出した物が、自分の暮らしに少しでも取り入れられ、その比率が次第に高まっていくような生き方が、豊かさを感じさせるのではないだろうか。

これをイー説と呼びたい🤭

具体例をあげよう。

今日の昼、先に書いたとおり、大根のカレーを作って食べた。その大根はスーパーで買ってきたものではなく、他者Aが汗をかいて生み出したものである。食べ物なくして人は命を紡ぎ得ないから、大根(食べ物)を人に分け与えるということは、相手の命(その延長に人生がある)を想うことである。

お世話になっている方が、汗をかきながら、おれの命と人生を気にかけてくれる。なんとも心がけ満ちるひとときではないか。そして、具体的な大根という物ももたらされる。この状態をイー説(仮説だよ🤭)では、豊かであると定義するのである。

さて、みなさんにとっての豊かさって、なーんだ?

(なぞなぞ風)

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