男衾有機家庭田んぼ教室2026がはじまった。埼玉県寄居町の男衾地区にある、20年以上、使われていなかった元耕作放棄地、そこを開墾しなおし、新たな学びの場として蘇らせた。
今回は試行版ということで、公に募集はせず、知っている人たちに声をかけた結果、7人が集まった。
初日はオリエンテーション。主催者ふたり(おれと、なっちゃん)の挨拶兼自己紹介の後、参加者のみなさんにも自己紹介をお願いした。よりい週末有機農業塾のときもそうだが、この時間はどんな人が参加を希望してきたのかを知る重要なひとときになる。
いろんな背景を聞くことができたが、やはり今までの暮らしや生き方に何かしら疑問を持ったり、つまづいたりした経験が申し込みの動機になっている人が多い。それは仕事だったり、都市的な生き方の違和感や強いストレスだったり、体質や健康だったりとさまざまだが、その根っこには、経済成長を中心に添え、仕事ばかりか日常生活にまで効率という概念がしみ込み、それに異を唱えようとする感覚すら失われてしまった現代の暮らしに限界が生じ、あちこちでひびが入っていることを物語っているようにも感じられる。紡ぎ出されたひとつひとつの話は、ともすると個人の物語で完結するように受け止めてしまうかもしれないが、それは社会のひびからにじみ出てきた滴なのではないか。ぽたぽたと落ちる7つの滴が集い、小さな流れを生み出し、今までと違う世界を探し始めている、そんな印象を受ける。
世の中の生き物のなかで、人間だけ、なんでこんな生き方になってしまったのだろうか。ほかの生き物みたいに、食って、寝て、たまに交尾して、ただそれが続けばよかっただけなのにと常々、思う。
経済発展のおかげで豊かになり、その恩恵を受けているくせに何を言っているのかとよく突っ込まれるが、では、その「豊か」とはどのような状態なのか問うてみたい。
余談だが、以前、豊かさとは何か? などという仮説をああだこうだ書いてみた。何の参考にもならないだろうが、自分の頭を整理するために記したものだ。
豊かさって何だろう その仮説①
【続】豊かさとは何か 仮説①ー1
話を戻そう。教室全体の説明をしてから、有機稲作をつくる活動の概要や意味を伝えるため、現場を案内した。時間はかかるだろうけれど、少しずつ仲間が増えていくことを願う。
質疑応答のときに、始めて田んぼをつくるという人たちからいくつかちょっとした不安の声が漏れた。
ただ、どんなことでもそうだが、最初はみんなやったことがない。おれも、なっちゃんも、やったことがなかった。
誰もが失敗して少しずつできるようになっていく。
意欲をもってやり続ければ、赤ちゃんのようにいろんなものを習得できる。
へたくそでいいから、続けていって欲しい。
そうすれば、必ず道は拓ける。
どこかで聞いたような、取ってつけただけの言葉じゃなくて、自分の実体験からにじみ出る表現を獲得してほしい。

